誤:Check 正:Czech、、、です。
手作成のグラフなのでタイプミスが多々ありますが、ご容赦ください。
<< 東欧とPIIGSとは何処にある? >>
年末からメディアをにぎわしているピッグス(PIIGS)という言葉があります。少し前は「東欧危機」ということも騒がれました。
まずは、下の地図 で、東欧とPIIGSとアイスランドの場所を確認しましょう。

上の地図の黄色枠の国々です。ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシア、スペイン、
なお、アイルランドを 含めたのがPIIGSで 除外したのがPIGSで す。
ピッグ スという言葉は「豚野郎」という欧米では馬鹿にしたニュアンスがあるので、最近は「地中海諸国問題」とか「南欧問題」とかいう言葉を使う場合が増えてきま した。
なお、アイスランド(ピンク、ユーロ 非加盟)も問題国とされています。広義には同じ範疇、同根に発する問題国です。この辺は少しずつ書きます。
東欧はいわゆる旧社会主義国家です。
(1)緑:バルト海三国、
(2)水色:ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリーという10世紀以 降は一度は先進欧州国であった地域、
(3)青:第一次世界大戦以前はトルコ(橙色)の勢力下にあったクロアチア、セルビア、ブルガリ ア、ルーマニア、、、
、、という3つの地域に またがっています。
2008 年以降の東欧とPIIGSの株価推移を見ましょう。
下が東欧の主要市場(08年3月~)です。東欧は欧州の新興国(=New Europe)です。
エストニア(緑)は「予定通りのユーロ加盟できます」という発言(=意欲、希望)を政府が発表したので年明けから 急騰しました。希望と現実は冷静に見極めたいです・・・・

アイスランドは▼90%以上の大暴落を 起こしています。破たんした銀行の預金者(英国とオランダ在住)に4500億円(=国民1人あたり、100万円だったような・・)を払うか否かの国民投票 を実施しました。当然否決されました。
否決されることがわかりきっ ていて国民投票を実施したのは、「困ってい るのだから値引きしてくれ!」という条件交渉のためです。

<< 東欧とPIIGS+アイスランドは、何故が問題化したのか? >>
現在の苦難の原因は「サブプライム金融危機~世界同時金融危機~世界同時不況」というバブル崩 壊による経済の落ち込みで す。
バブル経済崩壊によって立てていた計 画がとん挫したのです。計画とは借金計画です。経済の落ち込みが発生すると、バブル期に甘い態度(=甘い借金計)でやっていた問題点が露呈し ます。
その詳細は後で解説するとして、2000年以降の長期の株価チャートを見れば、東欧とPIIGDの位置関係は異なっていることが明白です。
下は東欧です。
現在は、2000年時点の2倍~4倍です。


前回レポートで長期株価チャートでは東欧とPIIGSに大きな差があ ることを示しました。この差の原因を説明したいと思います。
すべては、1989年のベルリンの壁の崩壊ではじまりました。
そして1990年の東西ドイツの統合が 東欧ブームに火をつけました。

政治(=表面的な短期の民主主義=不平不満のうっぷん晴らし)を優先したために東ドイツの経済基盤は破壊されてしまい、10 年間のロス・タイムを食らったと言われています。
東西ドイツ・マルクの1対1交換という理不尽な政治決着を契機に、ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリーという地続きの東欧諸国に一気に目が向きドイツ、フランス、イタリアから安価な賃金と不動産を求めて工場が移転を始めました。
企業が経 済的に合理的な判断をした結果です。アウト・バーンが整備されていたので、東ドイツは文字通り高速通過国家(=完全にスルーされる)になりました。
東欧諸国も税金の恩恵などの優遇策を実施して資金流入を促進し雇用の拡大をめざしました。
国営企業の多くが民営化されていきました。
社会主義から資本主義への移行が進む につれて株式市場も整備されてきました。
なおベルリンの壁崩壊以前は、資本主義欧州のなかでは南欧 (PIGS)が低賃金国と認識されていましたが、その地位は急速に東欧にとって代わられました。
これは現在のPIGS危機の遠因に なりました。
またバルカン半島地域ではユーゴスラビアが空中分解して多数の小国がうまれますが、1999年までは民族と宗教(キリスト教VSイスラム教)の対立で内戦が続き、西欧からの資金を呼び込むことはできませんでした。
<< 東 欧の株価は、初 めから順調だったわけではない >>
東欧の株価ですが、最初から好調だったわけではありません。
ポーランド、ハンガリー、チェコの株式市場が出そろった1994年4月~2004年の下のチャートを見れば、ほとんどの期間ハンガリーだけ がピンク色の欧州インデックスを上回っています。

多 くの東欧諸国は急速な資本主義化で、この秩序を喪失したので す。
一部の関係者による不法な国家資産の収奪が 相次ぎ、急速に超富豪が出現するとともに物価上昇で年金が無 価値となり国営企業の賃金不払いで生活に困窮する労働者も多 発しました。
その結果、乱暴な資本主義に怒りを覚えて共産主義復活を目指す動きも発生しました。
そんな中、昔から教育水準が高く製造業のインフレも整っていたハンガリーは、1997年 以降経済が好転して東欧の優等生と呼ばれるようになりまし た。株価もそういう状況を反映しているのです。
他の東欧諸国もハンガリーを見習って頑張ったわけですが、物的資本(資金と蓄積+インフラ)と人的資本(教育レベル+社会保障)のレベルアップに は時間がかかりました。
時間はかかりましたが、西欧の製造業の工場の誘致に成功しました。東欧は「欧州の工場」と言われるようになりました。
下の1997年~2007年のチャートです。
2000年のITバブル崩壊で辛い目にあいつつも2003年以降は先進西欧&米国への輸出も増加し していきました。
その後2005年以降の新興国ブームでは将来の 期待を過大評価された東欧株式は実体経済以上の大幅上昇をみせたのです。

<< モノ造りは奪われても、お金は流れ込み続けた >>
1989年のベルリンの壁の崩壊で始まった東欧 諸国の資本主義化で南欧(PIGS)は低賃金製造業国の地位を奪われました。
しかしラッキーなことに1990年代は資本主義の勝利を背景に欧 州は好景気を謳歌したので、「PIGSの困窮化=ファンダメンタルの悪化」は覆い隠されました。
2000年以降は、ITバブル崩壊で一時は大変だと思わ れましたが、新興国&資源バブルが発生し、再度好景気に沸い たので再び問題解決を先送りで きました。

先 送りが可能だったのは、ファンダメンタルが劣化した南欧諸国に資金が流れ込み続けたからです。
お金さえ回れば足元が赤字でも致命的なダメージを受けないのは企業でも国でも同じです。
資金流入の背景は、欧州が長期の好景気を享受したという幸運ですが、次にそれを少し詳し く解説します。
<< モノ造りは奪われても、好景気が問題を先送させた >>
1990年の湾岸戦争が生んだ不透明感から引き起 こされた世界的な景気後退の悪影響(=特に英国)と東西ドイツ統合のユーフォリアが生み出した一時的な投 資過剰によるドイツの金利上昇が起こりました。
この二つの状態によ り、1992年~1993年の欧州各国はファンダメンタルの格差が拡大し てERM(ユーロ発足前の通貨統合に向けたシステ ム)で定められた通貨変動幅を守れなくなります。
最終的には英国とイタリアはERMを離脱します。スペイン、ポルトガル、アイルラン ドも大幅な通貨切り下げを余儀なくさ れます。
ソロスのヘッジファンドの大量のポンド売りが最後の引き金であったことは有名な話です。ソロスがいなくても遅かれ早かれ同じ結果だっただろうと私は判断してい ます。
しかし、この混乱期を通貨レベ ルの再調整をして乗り切った欧州は、その後は息の長い好景気を享受します。
第一に、冷戦の終結で東西冷戦に浪費 されていた巨額の資金が民間経済に回せるようにな りました。これは「平和 の配当」と呼ばれましたが、金利の低下ももたらしました。民間セクターは安価で潤沢な資金を使えるようになったのです。
第二に、1992年~1993年の混乱期を乗り切った欧州は旧社 会主義国を取り込んで拡大された新欧州を創造する求心力が増しました。西欧は共産主義に対 する勝利者として優越感と自信に満ちていました。東欧で製造された安価な製品の流入で実質所得が上昇し西欧の庶民は豊かになった気持ちを味わいました。
第三に、財政赤字の縮小に成功したアメリカも長期の好景 気に沸き、欧州の製品を大量に購入してくれました。
欧州が好景気のときは、寒 い北の欧州に住む人々にとっては、南欧州の温暖な地に別荘を所有したい、それが無理ならせめて旅行に行きたいという願いが膨 れ上 がります。
それが観光・不動産・別荘・ホテルなどの需要を急増させます。
東欧に安価な製造拠点の地位を奪われましたが、南欧経済は不動産開発ブームに沸き ました。
し かも1990年代は平和の配当で安価で潤沢な資金によって開発ブームは大いに盛り上がりました。
下は1993年以降の株価推移ですが、PIGS南 欧の株価は欧州全体(黒線)よりも大幅に上がっています。

ITバブルの崩壊(2000年)による世界の景気後退で 南欧経済も大打撃を受け株価も大幅に下落(上チャート参照)しますが、アメ リカFRBの超金融緩和と日本の非伝統的な量的金融緩和に よって、世界は再度安価で潤沢な資金による投資活動が復活してバブル経済へ向かいます。
さらには2004年ごろからは大幅に上昇したエネルギー価格の恩恵を受けて巨額の余剰資金を積み上げた産油国(中東&ロシア)のオイル・マネーが欧州市場に押し寄せました。
ITバブル崩壊で株式に対しては「羹に懲りて膾を吹く」という投資態度に なり、資金は不動産に向かいました。
南欧は再び観光・不動産・別荘・ホテルなどの不動産開発ブームに沸き湧きかえります。
ギリシアは2004年のオリンピック開催を目指して大規模な借金をして不動産開発が 実施されました。PIGSの株価は前回と同じような急上昇を示しました。
バルカン半島地域ではユーゴスラビアが空中分解して多数の小国が生れますが、民族と宗教(キリスト教VSイスラム教)の対 立で1990年代の内戦とその後遺症で、南欧のようには、西 欧からの資金を呼び込むことはできませんでした。
反対にアイスランドは2000年を底に反転し大幅上昇したエネルギー価格の恩恵を受けて同国 の地熱発電の安価な電力を求めてアルミ産業などが多額の投資を 実施したために、小さな漁業国はお金が溢れ返る大バブルを発生させました。
株価も異常な値上がり(下チャートの紫色)を示しましたが、2006年ごろから資金の引き揚げが始まり、株価は乱高下をしつつもファンダメンタルを無視し た上昇が2007年まで続きました。

このときに真面目な対応をしておけば、今よりも問題は小さくてすんだかもしれません。

2006年のアイスランドの混乱状況
マスコミを 賑あわせ始めたアイスランド、中東の株、為替
えーっ、メ ルトダウン! アイスランドは、"アジア危機の時のタイよりひどい"?
アイスラン ドのマクロ統計など
キャリー・ トレードの静かな崩壊 : アイスランド・クローナ
なお今回のバブルでは、アメリカの富裕層の資金が課税を逃れる目的で欧州 金融機関の手引きで大量にスイスに流入しました。この資金も欧州のバブルを膨 らませました。
バブル崩壊後にUBSが脱税ほう助で多額の罰金を支払って和解したのは最近の出来事です。
< 次回へ続く >
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